「丸よ」の蒲焼は江戸時代から皮が上

豊橋産『べっぴんうなぎの蒲焼』 2尾

  • 冷蔵便
  • 別送
  • のし
  • 時間指定

寄附金額

35,000円

在庫:あり

文政年間創業の「織清」から続く、豊橋で一番の老舗うなぎ屋「丸よ」は『べっぴん』という言葉の発祥の地です。

江戸時代の文政年間(1830年代)、東海道の三十四番目の宿場として栄えた吉田宿。その中でも最も賑わった現在の札木町界隈にあった割烹料理とうなぎ料理の店「織清」が「丸よ」の始まりです。

『べっぴん』の云われとして、明治二十七年発刊の風俗画報第七十二号には次のように書かれています。
旧東海道の吉田駅に「織清」という料理店があり江戸からうなぎ職人を呼び寄せ、大きなうなぎを仕入れて焼き方や醤油の配合などを江戸風にして提供したところ、その独特な蒲焼がたいそう評判となった。何か宣伝文句があったらよいと考えた店主が、友人である田原藩家老渡辺崋山の息子渡辺小華に相談したところ、ほかの店とは違う特別なもの、という意味で思いついたのが「頗別品(すこぶるべっぴん)」の三文字。これを店の看板にしたところ、珍しさも相まってますます評判となり多くのお客が集まった。

「丸よ」の蒲焼は江戸時代から皮を上にして並べています。それは、「丸よ」ではタレがつきにくいと言われている皮にもしっかりタレがつく焼き方を守っており、江戸時代から変わらぬこの伝統を目でも楽しんでいただくために、焼きあがったうなぎの皮を上にしてご提供しているのです。

豊橋の養鰻場で育てた吟味されたうなぎ。豊橋で醸造された醤油を使った独自のタレ。
そして老舗ならではの技が、ふくよかな味わいをいっそう引き立てます。

「丸よ」では作り置きはしておりません。すこしでも本当のうなぎの美味しさをお届けできるよう、ご注文をいただいてから調理していますので、繁忙期には少々お待ちいただくこともございますが、何卒ご理解をいただきますようお願い申し上げます。

提供/(有)丸よ(丸ようなぎ)

お礼の品について

容量

豊橋産うなぎ蒲焼 (1尾約85gx2パック)
うなぎのタレ 1尾につき2袋
山椒  1尾につき1袋
※化粧箱入

消費期限

●賞味期限/製造日から冷蔵7日(未開封)

アレルギー品目

  • 小麦
  • 大豆

●アレルギー成分/小麦、大豆

事業者

有限会社丸よ(丸ようなぎ)

お礼の品ID

6586660

カテゴリー

魚貝類 > うなぎ
加工品等 > 惣菜・レトルト > 冷蔵

お申し込みについて

申込条件

何度も申し込み可

申込期日

通年

発送期日

ご入金確認から2~3週間程度

配送

冷蔵便、別送、のし、時間指定

お礼の品に関するお問い合わせ先

江戸時代 文政年間(1830年代)創業の鰻の料理店です

豊橋産『べっぴんうなぎの蒲焼』 2尾

文政年間に割烹料理と鰻料理の店として創業した「織清」は、吉田宿では有名な店でした。
その後、明治に入り「織清」の主人に見込まれて後継者となったのが、江戸時代から続く船宿、中山家の息子だった中山要吉でした。その時、要吉の「よ」の字をまるで囲み屋号としたのが「丸よ」の始まりです。鰻の専門店として店名を「丸よ」とした要吉の思いがずっと生き続けているのです。

吉田宿のにぎわいを今に。うなぎが伝える歴史の跡。

豊橋産『べっぴんうなぎの蒲焼』 2尾

東海道五十三次の三十四番目の宿場町、参州・吉田の宿。当時は「吉田通れば二階から招く」とうたわれるほどにぎわいを見せていたと言われています。中でも、現在の札木町あたりは特ににぎやかで、享和二年には本陣二軒、脇本陣一軒、旅籠六十五軒を数える程でした。現在の「丸よ」は、その二軒の本陣のうち、清須屋与右衛門当主の本陣が建っていた場所にあります。残念なことに、今では清須屋の面影を残す手がかりは残っておらず、当時の吉田の宿の繁栄の様子や郷土の伝統、歴史も十分に伝えられているとは言えません。そこで「丸よ」はこの歴史的要所を広く知っていただこうと、豊橋教育委員会の協力を得て、本店前に「吉田宿本陣跡」の石碑をつくりました。
豊橋にお運びの際には是非、美味しいうなぎとご一緒に、歴史の趣をお楽しみいただければ幸いです。

豊橋の作り手には、こだわる理由があります

豊橋市のお礼の品は、「自分の家族に食べさせたいか、使わせたいか」を基準に、市内の事業者一社一社と直接お話をしながら選んでいます。温暖な気候と豊川用水の豊かな水に育まれた農水産物、百年以上続く老舗の技、地元の素材を生かしたものづくり。どれも見た目や規格だけでは測れない手間がかけられています。その一手間の理由まで、ここからお伝えしていきます。

豊橋市ふるさと納税担当と、市内の作り手たち

ご案内するのは、豊橋市のふるさと納税担当です。畑やハウス、加工場や工房に足を運び、作り手のお話をうかがい、写真を撮って、このページをつくっています。お礼の品を実際に育て、つくり、箱に詰めているのは、市内の農家・漁業者・職人・お店のみなさん。いただいたご寄付は、その一人ひとりの手元に届きます。豊橋のことを、いちばん近くからお伝えします。

三河湾と太平洋に囲まれた、全国有数の産地

豊橋市は愛知県の東の端、三河湾と太平洋の両方に面したまちです。冬もほとんど雪の降らない温暖な気候に、昭和43年の豊川用水の完成で豊かな水が加わり、市町村別の農業産出額は長く全国一位を記録しました。大葉やトマト、キャベツ、次郎柿、うずら卵、うなぎ、そして海の幸まで。ひとつのまちの中に、海と大地の恵みがそろっています。

水が通り、産地になった。その積み重ねの上に

豊橋を含むこの地域は、もともと水に恵まれない台地で、農業に苦労してきた土地でした。豊川用水が通り、一年を通して作物を育てられるようになってから、産地としての姿が大きく変わりました。ふるさと納税も同じで、限られた品数からのスタートでした。事業者を一軒ずつ訪ね、写真を撮り直し、説明を書き直す。その地道な積み重ねで、いまの品ぞろえになりました。

まだ知られていない豊橋を、もっと届けたい

やりたいことは、まだたくさん残っています。旬が短くて全国に出回らない果物や野菜、数をつくれないから知られていない加工品、まちの工房でしか生まれない道具。そうしたものを届けられる形に整えて、お礼の品に加えていきたいと考えています。あわせて、豊橋に足を運んでいただける体験の品も増やしていきます。画面の向こうの方と豊橋を、もっと近くしたいのです。

応援が、まちと作り手の力になっています

ふるさと納税を通じて、「おいしかった」「また頼みたい」というお声が、作り手のもとへ直接届くようになりました。全国から評価をいただいたことをきっかけに、新しい商品づくりや設備の入れ替えに踏み出した事業者もいます。いただいたご寄付は、豊橋のくらしを支える事業に活用しています。皆様の応援が、確かにこのまちを動かしています。

「丸よ」は「べっぴん」発祥の地

吉田駅の織清(丸よのルーツ)とか言へる割烹店が、江戸より鰻屋の職人をかゝへ、諸方より大なる鰻を買こみ、焼方・醤油の調整ことごとく江戸風に改め、價を廉にして売出せしに、殊の外評判よく、他方の人より其地の者が之を食はざるを恥と思ふほどなりし、其看板に何か異なる文字を書して衆を驚さんと思ひ、其主人は本ト茶道を深く好ければ、其友人(渡辺崋山の息子の渡辺小華のこと)の案にて「頗(すこぶる)別品」と三文字を書して鰻とも何とも書せず。
されど其門口へ至れば鰻屋なる事は見ても嗅でもわかる事ゆへ、其名の奇なるを喜んで行客が皆立ち寄りて食へり。
然るに廉にして美味なれば「頗(すこぶる)別品」の名、大に東西に傅播し、且つ他に類なき美味なるを以て別品と言ひしが、遂には美婦人の事まで「すこぶる別品」と呼ぶやうになり、名古屋辺にては単に別品と稱するに至れり。
其名は京・東京に流傅し「今日にては別品と言へば鰻とは思はず、只美婦人の一名となるに至れり。

明治二十七年発刊の風俗画報第七十二号より

豊橋の作り手には、こだわる理由があります

こだわりポイントをご紹介

豊橋市のお礼の品は、「自分の家族に食べさせたいか、使わせたいか」を基準に、市内の事業者一社一社と直接お話をしながら選んでいます。温暖な気候と豊川用水の豊かな水に育まれた農水産物、百年以上続く老舗の技、地元の素材を生かしたものづくり。どれも見た目や規格だけでは測れない手間がかけられています。その一手間の理由まで、ここからお伝えしていきます。

豊橋市ふるさと納税担当と、市内の作り手たち

わたしたちがご案内します

ご案内するのは、豊橋市のふるさと納税担当です。畑やハウス、加工場や工房に足を運び、作り手のお話をうかがい、写真を撮って、このページをつくっています。お礼の品を実際に育て、つくり、箱に詰めているのは、市内の農家・漁業者・職人・お店のみなさん。いただいたご寄付は、その一人ひとりの手元に届きます。豊橋のことを、いちばん近くからお伝えします。

三河湾と太平洋に囲まれた、全国有数の産地

こんなところで作っています

豊橋市は愛知県の東の端、三河湾と太平洋の両方に面したまちです。冬もほとんど雪の降らない温暖な気候に、昭和43年の豊川用水の完成で豊かな水が加わり、市町村別の農業産出額は長く全国一位を記録しました。大葉やトマト、キャベツ、次郎柿、うずら卵、うなぎ、そして海の幸まで。ひとつのまちの中に、海と大地の恵みがそろっています。

水が通り、産地になった。その積み重ねの上に

わたしたちが歩んできた道

豊橋を含むこの地域は、もともと水に恵まれない台地で、農業に苦労してきた土地でした。豊川用水が通り、一年を通して作物を育てられるようになってから、産地としての姿が大きく変わりました。ふるさと納税も同じで、限られた品数からのスタートでした。事業者を一軒ずつ訪ね、写真を撮り直し、説明を書き直す。その地道な積み重ねで、いまの品ぞろえになりました。

まだ知られていない豊橋を、もっと届けたい

わたしたちの想い

やりたいことは、まだたくさん残っています。旬が短くて全国に出回らない果物や野菜、数をつくれないから知られていない加工品、まちの工房でしか生まれない道具。そうしたものを届けられる形に整えて、お礼の品に加えていきたいと考えています。あわせて、豊橋に足を運んでいただける体験の品も増やしていきます。画面の向こうの方と豊橋を、もっと近くしたいのです。

応援が、まちと作り手の力になっています

ふるさと納税でこんなすてきな変化が生まれています

ふるさと納税を通じて、「おいしかった」「また頼みたい」というお声が、作り手のもとへ直接届くようになりました。全国から評価をいただいたことをきっかけに、新しい商品づくりや設備の入れ替えに踏み出した事業者もいます。いただいたご寄付は、豊橋のくらしを支える事業に活用しています。皆様の応援が、確かにこのまちを動かしています。