那智黒石のまち熊野【仮谷梅管堂の八咫烏(やたがらす)の置物】【kmkn0023】

サッカー日本代表のシンボルマーク
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寄附金額

11,000

在庫:あり

八咫烏は日本神話に登場するカラス(烏)であり神。
神武東征の際、高皇産霊尊(タカミムスビ)によって神武天皇のもとに遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされます。
日本サッカー協会は「八咫烏」はボールをゴールに導く、勝利へ導く神様としてサッカー日本代表のシンボルマークとして採用しています。

◆長期不在など寄附者様のご都合により返礼品をお受け取りいただけなかった場合、再送はできませんのであらかじめご了承ください。

お礼の品について

容量

那智黒石:やたがらすの置物 
サイズ:縦 3.5×横 4×高さ7 cm
製 造:仮谷梅管堂
※ こちらは那智黒石の粉末成型による品となります。

事業者

有限会社 熊野市観光公社

お礼の品ID

4810688

カテゴリー

民芸品・工芸品 > 伝統技術

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那智黒石

熊野市神川町でしか採れない「那智黒石」

三重県熊野市の特産と知られる那智黒石は、黒色で細粒、緻密な泥質岩です。
地質的には新第三紀の堆積層で、日本全国各地において同時代の岩盤を見ることができますが、那智黒石ほど黒石で細工しやすい岩質は他に類を見ないものです。

■那智黒石はなぜ黒いか?
那智黒石は、多量の炭素を含んだ水性粘板岩(堆積岩)が噴出溶岩と、接触してできた黒色硅質頁岩がきめこまかいため黒くなります。

■那智黒石の歴史
那智黒石が初めて文献に表れるのは「紀伊続風土記(1839)」で、古くから美しく珍しい石として知られていました。
製品としては碁石の材料として出荷されたのが最初で、藩政の頃一時採取を禁止されていましたが、明治中期に採掘禁止令が解けて硯・文鎮などに利用されてきました。那智黒石を広く売り出したのは明治になってからで、神川町神上の山西徳之助という人が硯を作って売ったのが始まりといわれています。

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